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No title
・誰を待っているか
『恋人(君)』との待ち合わせが3名と一番多かったですね。
『恋人』と『待ち合わせ』という組み合わせは恐らく凡人パーツセットだと思うのですが、三者三様の工夫で凡人以下にならないようにしていたと思います。ただ、たまたま居合わせた小動物と恋人を待つというのは類想類句がありそうです。
・【特選】に選ばれました。
この部分を <span style="font-size:10000%;">【特選】に選ばれました。</span> として強調してもいいくらい素晴らしいことです。(注意:実際にやると見づらくなるので止めましょう)
・狐火が飛べば重力波の臭み
『狐火』が視覚、『重力波』が触覚(?)、『臭み』が嗅覚という3つの『感覚』で表現されているとても素晴らしい句だと思います。
臭いに着地するのも意外性があり、更に『重力波』はどんな臭いがするのかやそもそも臭いがあるのか等、読者に想像させるのも良いです。
『重力波の臭み』という表現がありながらも『狐火』の印象が弱くなっていないのも絶妙です。
『恋人(君)』との待ち合わせが3名と一番多かったですね。
『恋人』と『待ち合わせ』という組み合わせは恐らく凡人パーツセットだと思うのですが、三者三様の工夫で凡人以下にならないようにしていたと思います。ただ、たまたま居合わせた小動物と恋人を待つというのは類想類句がありそうです。
・【特選】に選ばれました。
この部分を <span style="font-size:10000%;">【特選】に選ばれました。</span> として強調してもいいくらい素晴らしいことです。(注意:実際にやると見づらくなるので止めましょう)
・狐火が飛べば重力波の臭み
『狐火』が視覚、『重力波』が触覚(?)、『臭み』が嗅覚という3つの『感覚』で表現されているとても素晴らしい句だと思います。
臭いに着地するのも意外性があり、更に『重力波』はどんな臭いがするのかやそもそも臭いがあるのか等、読者に想像させるのも良いです。
『重力波の臭み』という表現がありながらも『狐火』の印象が弱くなっていないのも絶妙です。
プロキオン様
解説いただきありがとうございました。
以前夏井先生は「兼題写真は発想を飛ばすためのジャンピングボード」と仰っていましたが、
今回の小倉さんの句は兼題写真から離れ過ぎていて、発想という点でついていけませんでした。
解説いただきありがとうございました。
以前夏井先生は「兼題写真は発想を飛ばすためのジャンピングボード」と仰っていましたが、
今回の小倉さんの句は兼題写真から離れ過ぎていて、発想という点でついていけませんでした。
Re: タイトルなし
双葉様
コメントありがとうございます。
あくまで私見ですが、兼題「待ち合わせ」から
(1)運動会の終わりと子の再開を待つ
(2)待ちに待った林檎パイ
の2つが掛かっているのではないでしょうか。コロナ禍の午前中のみの実施と作者ご本人が語っていたため、入場出来ない親御さんがご家庭で林檎パイを作りながら帰りを待つという意味にとりました。御本人は運動会を観覧されたようですが、その場合「林檎パイ」自体は別の方が作られたとするのが自然かもしれません。
コメントありがとうございます。
あくまで私見ですが、兼題「待ち合わせ」から
(1)運動会の終わりと子の再開を待つ
(2)待ちに待った林檎パイ
の2つが掛かっているのではないでしょうか。コロナ禍の午前中のみの実施と作者ご本人が語っていたため、入場出来ない親御さんがご家庭で林檎パイを作りながら帰りを待つという意味にとりました。御本人は運動会を観覧されたようですが、その場合「林檎パイ」自体は別の方が作られたとするのが自然かもしれません。
1位の小倉優子さんの句ですが、句の良し悪しはともかくとして、
兼題写真からどういう発想でこの句に行き着いたのかが全くわかりませんでした。
どなたか説明できる方はいらっしゃいませんか?
兼題写真からどういう発想でこの句に行き着いたのかが全くわかりませんでした。
どなたか説明できる方はいらっしゃいませんか?
2位
植物の香りに注目した句です。金木犀という季語が良かったです。しっかりと季語を主役にしたのがこの句とフジモンさんの句だと思います。金木犀の香「で」赦す、とやりがちですが、「で」だと散文的で説明的、やはり「に」という助詞の選択が秀逸でした。君、とあるから恋人同士の待ち合わせというのが想像できます。赦す、というのが少し説明的な気もします。そこぐらいしか2位になった理由がないと個人的には思います。
1位
林檎パイが季語かどうかは賛否別れるでしょうが、俳句を読んだ時に秋だなというのはよく分かります。兼題が「林檎」や「運動会」なら秋の気分を感じない方にとっては評価できない、ということもあるかもしれませんが、兼題自体に季節感がないので無季の句として読んでもいいのかなと思いました。フジモンさんもアップルパイの俳句を詠んでいましたが、その時は小鳥を季語にしてた記憶があります。
ジュニアさん
YouTubeのポンさんとのコラボ動画良かったです(チョロっと視聴しようとしましたが結局全部視聴していまいました…)。待ち合わせの風景ではやや類想感がありましたかね。個人的には添削句の方がポンチ節が強めな感じがしないでもないです。散文的な言葉を詩にするのがポンさんの凄さでもあるので…。「まだ白い明日が並ぶ初日記」みたいな感じ。
フジモンさん
今回は自由律でしょうか。19音ですから。今回のプレバト俳句の中で一番季語を主役にできていたのではないかと思いました。炎帝戦の時に「夏暁のロンパース」と直されてから「(季語)の〜」という形が増えた気がします。「朝寒のがなり声」「秋寂ぶのハチ公前」など。ホルンのやわらかい音が秋の寂しさをより押し出しているのかなとも感じました。
梅沢さん
根本的なことを言うと3段切れですね。「愛し」は終止形ですので。「も」によって伝言板を書いた人自体を愛しいと思っていることがわかります。その人のことが愛しいけれど、その人が書く字までもが愛しいと感じる、そのような作者の心を感じました。「も」の判断は難しいです。王道にこだわる御大だからこそ、ボツが多くなってしまうのも仕方ないと思います。それでも御大には王道にこだわってほしいと思います。
今回は句自体は良かったですが、ポンさんに対する扱いが全体的に酷かったと思います。それは、ポンさん自信に対しても、ほしてポンさんのような作風で俳句を作っている方々に対して失礼であり、また、人の作風を否定することが俳句の世界であってはならないと感じております。過去にも梅沢さんはポンさんの作風にイチャモンをつけています。永世名人ならそういう所にも配慮してもらいたいものです。
植物の香りに注目した句です。金木犀という季語が良かったです。しっかりと季語を主役にしたのがこの句とフジモンさんの句だと思います。金木犀の香「で」赦す、とやりがちですが、「で」だと散文的で説明的、やはり「に」という助詞の選択が秀逸でした。君、とあるから恋人同士の待ち合わせというのが想像できます。赦す、というのが少し説明的な気もします。そこぐらいしか2位になった理由がないと個人的には思います。
1位
林檎パイが季語かどうかは賛否別れるでしょうが、俳句を読んだ時に秋だなというのはよく分かります。兼題が「林檎」や「運動会」なら秋の気分を感じない方にとっては評価できない、ということもあるかもしれませんが、兼題自体に季節感がないので無季の句として読んでもいいのかなと思いました。フジモンさんもアップルパイの俳句を詠んでいましたが、その時は小鳥を季語にしてた記憶があります。
ジュニアさん
YouTubeのポンさんとのコラボ動画良かったです(チョロっと視聴しようとしましたが結局全部視聴していまいました…)。待ち合わせの風景ではやや類想感がありましたかね。個人的には添削句の方がポンチ節が強めな感じがしないでもないです。散文的な言葉を詩にするのがポンさんの凄さでもあるので…。「まだ白い明日が並ぶ初日記」みたいな感じ。
フジモンさん
今回は自由律でしょうか。19音ですから。今回のプレバト俳句の中で一番季語を主役にできていたのではないかと思いました。炎帝戦の時に「夏暁のロンパース」と直されてから「(季語)の〜」という形が増えた気がします。「朝寒のがなり声」「秋寂ぶのハチ公前」など。ホルンのやわらかい音が秋の寂しさをより押し出しているのかなとも感じました。
梅沢さん
根本的なことを言うと3段切れですね。「愛し」は終止形ですので。「も」によって伝言板を書いた人自体を愛しいと思っていることがわかります。その人のことが愛しいけれど、その人が書く字までもが愛しいと感じる、そのような作者の心を感じました。「も」の判断は難しいです。王道にこだわる御大だからこそ、ボツが多くなってしまうのも仕方ないと思います。それでも御大には王道にこだわってほしいと思います。
今回は句自体は良かったですが、ポンさんに対する扱いが全体的に酷かったと思います。それは、ポンさん自信に対しても、ほしてポンさんのような作風で俳句を作っている方々に対して失礼であり、また、人の作風を否定することが俳句の世界であってはならないと感じております。過去にも梅沢さんはポンさんの作風にイチャモンをつけています。永世名人ならそういう所にも配慮してもらいたいものです。
今回も字面だけ読んでの投稿です。読む練習にお付き合いください。
4位の句。
うちの近所の駅がリニューアルした当時、待ち合わせをして、新しい方の入り口(北口)で待ち合わせをしていたはずなのに、長年の習慣は恐ろしいもので、古くからの南口で相手が待っていたことがあり、なにやってんだよー、となったことがあります。それを彷彿とさせられました。あるあるネタ、つまりは類想。
原句は「会えずの」が説明的ですね。添削句「苦笑」なら会えた結末、「不覚」なら会えなかった結末が待っていそう。
3位の句
三段切れなのが痛い。また、「初冬であることよ」という詠嘆がどれだけ効いてるのか?
添削句で切れの解消をされ、中七の助詞が「このカフェこそが待ち合わせ場所」と示す「は」と直されて改善されました。
2位の句。
金木犀の香りが良いので待ち合わせに来ない君を赦す。一種の悪態俳句ですが、季節を感じることで人間の感情をちゃんと昇華する、良い句です。
1位の句。
小学生の子が遠足か校外学習か、あるいはほかの、紅白帽を被って参加する何かの行事に参加して帰宅、頑張ったねと、お母さんが林檎パイを作って待っていたのだろう、と読みました。きっと林檎パイ食べながら、お母さんに今日のことを報告するんだろうな、と。句の後の光景を考えるとホッコリする句だと思います。
(映像を見て)
字面だけのコメントを書いたとき、「紅白帽を被るシチュエーションが運動会なら一気に共感できない句になるな」と思っていましたが、悪い方に当たってしまいました。
他の方はどうか知りませんが、自解を聞き、私としては一気にリアリティの無い句になりました。
・我が子が小学生になってからの運動会は五月の行事で、林檎パイは季語として機能しなくなる。
・我が子が保育園に通っていた頃、運動会は秋にあったが、午前中だけの開催は当たり前だった。運動会後はお迎えも兼ねて親、もしくは両親、場合によってはジジババも混ざって皆で帰るのが当たり前だった。つまり、帰って帽子脱いで焼きたて林檎パイ、とはすぐにはならない。
・詠み手の子どもの頃の記憶なら、容認はできるかも知れないが。
・もしかすると運動会が親すら見れない状況で行われていたら、それこそコロナ禍の中のエピソードと前書きが欲しい。
うそ寒い感触になりました。
なお、砂糖いれずに作る手作りの冷やした林檎パイも美味しいものです、ここだけは強調しておきます。
ジュニア名人
陰暦八月から上弦までの月。夕方。月の光は弱く、儚い。
初めに季語を持って来た場合、夕月夜の景を思い浮かべてから、名前のない猫と一緒に誰かを待つ。後ろにすると、名前のない猫と一緒に誰かを待つ、儚い月を見上げる、という効果に。
十二音+季語という基本型で句を作ったあと、さらに推敲して、季語をおく場所を変えられるように推敲しないといけないケースだったのでしょう。
藤本名人
ホルンケース、背負うタイプもありますね。大概、なにかを背負うと温かくなるもの。それが背負っていても寒いのだろう。
ホルンケースを背負って待ち合わせというのは、練習にでもいくのかという感じを受けます。カラオケボックスで木管楽器の練習、なんてシチュエーションかも知れない。この句も待ち合わせ後の展開に含みを感じることができた句。
(映像を見て)
「背に」を先に持って来るか、後に待ってくるかの効果の違いに刮目。たとえば、私の目の前には明日が29日だけに、「ニク=肉」の日のチラシがあるが「肉のチラシ」「チラシの肉」で、意味は違ってくる。
御大
久々の出演で没だったようで。ただ、やってることは感情語(愛し)を挟みつつ、五七五に収めるという型で、俳句ドリルでも出会う型です。
(映像を見て)
言われてみれば三段切れ。この時点で、内容が伴わなければ没ですね。
季語を秋麗と直されてしまいましたが、口語にして、秋うららな恋人と言った場合と、秋麗な恋人、というと、ちょっと秋麗は堅すぎる気がします。だから、秋うらら、を活かした添削が欲しかったな。自分なら、待ち合わせから、伝言板と「君」を思い浮かべたとしたら、さらに「君」の方に発想を走らせます。秋うららくせ字の君をなお愛す、くらいで。
類想、詠嘆の効きはどうか、三段切れ、悪態俳句のあり方、句のあとの展開を想像させられるか、語順・カメラワークのあり方、感情語を込めた型、と字面を読むと参考になる回でした。
4位の句。
うちの近所の駅がリニューアルした当時、待ち合わせをして、新しい方の入り口(北口)で待ち合わせをしていたはずなのに、長年の習慣は恐ろしいもので、古くからの南口で相手が待っていたことがあり、なにやってんだよー、となったことがあります。それを彷彿とさせられました。あるあるネタ、つまりは類想。
原句は「会えずの」が説明的ですね。添削句「苦笑」なら会えた結末、「不覚」なら会えなかった結末が待っていそう。
3位の句
三段切れなのが痛い。また、「初冬であることよ」という詠嘆がどれだけ効いてるのか?
添削句で切れの解消をされ、中七の助詞が「このカフェこそが待ち合わせ場所」と示す「は」と直されて改善されました。
2位の句。
金木犀の香りが良いので待ち合わせに来ない君を赦す。一種の悪態俳句ですが、季節を感じることで人間の感情をちゃんと昇華する、良い句です。
1位の句。
小学生の子が遠足か校外学習か、あるいはほかの、紅白帽を被って参加する何かの行事に参加して帰宅、頑張ったねと、お母さんが林檎パイを作って待っていたのだろう、と読みました。きっと林檎パイ食べながら、お母さんに今日のことを報告するんだろうな、と。句の後の光景を考えるとホッコリする句だと思います。
(映像を見て)
字面だけのコメントを書いたとき、「紅白帽を被るシチュエーションが運動会なら一気に共感できない句になるな」と思っていましたが、悪い方に当たってしまいました。
他の方はどうか知りませんが、自解を聞き、私としては一気にリアリティの無い句になりました。
・我が子が小学生になってからの運動会は五月の行事で、林檎パイは季語として機能しなくなる。
・我が子が保育園に通っていた頃、運動会は秋にあったが、午前中だけの開催は当たり前だった。運動会後はお迎えも兼ねて親、もしくは両親、場合によってはジジババも混ざって皆で帰るのが当たり前だった。つまり、帰って帽子脱いで焼きたて林檎パイ、とはすぐにはならない。
・詠み手の子どもの頃の記憶なら、容認はできるかも知れないが。
・もしかすると運動会が親すら見れない状況で行われていたら、それこそコロナ禍の中のエピソードと前書きが欲しい。
うそ寒い感触になりました。
なお、砂糖いれずに作る手作りの冷やした林檎パイも美味しいものです、ここだけは強調しておきます。
ジュニア名人
陰暦八月から上弦までの月。夕方。月の光は弱く、儚い。
初めに季語を持って来た場合、夕月夜の景を思い浮かべてから、名前のない猫と一緒に誰かを待つ。後ろにすると、名前のない猫と一緒に誰かを待つ、儚い月を見上げる、という効果に。
十二音+季語という基本型で句を作ったあと、さらに推敲して、季語をおく場所を変えられるように推敲しないといけないケースだったのでしょう。
藤本名人
ホルンケース、背負うタイプもありますね。大概、なにかを背負うと温かくなるもの。それが背負っていても寒いのだろう。
ホルンケースを背負って待ち合わせというのは、練習にでもいくのかという感じを受けます。カラオケボックスで木管楽器の練習、なんてシチュエーションかも知れない。この句も待ち合わせ後の展開に含みを感じることができた句。
(映像を見て)
「背に」を先に持って来るか、後に待ってくるかの効果の違いに刮目。たとえば、私の目の前には明日が29日だけに、「ニク=肉」の日のチラシがあるが「肉のチラシ」「チラシの肉」で、意味は違ってくる。
御大
久々の出演で没だったようで。ただ、やってることは感情語(愛し)を挟みつつ、五七五に収めるという型で、俳句ドリルでも出会う型です。
(映像を見て)
言われてみれば三段切れ。この時点で、内容が伴わなければ没ですね。
季語を秋麗と直されてしまいましたが、口語にして、秋うららな恋人と言った場合と、秋麗な恋人、というと、ちょっと秋麗は堅すぎる気がします。だから、秋うらら、を活かした添削が欲しかったな。自分なら、待ち合わせから、伝言板と「君」を思い浮かべたとしたら、さらに「君」の方に発想を走らせます。秋うららくせ字の君をなお愛す、くらいで。
類想、詠嘆の効きはどうか、三段切れ、悪態俳句のあり方、句のあとの展開を想像させられるか、語順・カメラワークのあり方、感情語を込めた型、と字面を読むと参考になる回でした。
今回は
1位の小倉優子さん
ちょっと季語の使い方が強引な気がしました。
たとえとして適切かどうかわからないですか、
ワイン→ぶどう酒
のような感じが否めません。梅沢名人が仰ったように「紅白帽」で運動会とわかるのであれば、そちらを季語にしたほうが確実かなと思います。あとお母さんの目線だとわかる描写がほしかったかなと思います。
運動会ご褒美に焼くアップルパイ
2位、神谷さん
プレバトにおいて東大=鈴木光さんの印象が残ってるせいなのか、かなり勉強されてるのがわかります。
下五「香に」というのが金木犀の香りをより強調させてくれています。
個人的には「金木犀」を「木犀」にして「赦しけり」という詠嘆をいれるとより心情と季語の香りを強調できたのでは?と思います。
3位、薬丸裕英さん
類想感があるので、添削しても才能ありにいけたのかどうかが疑問です。
最下位、宮田さん
携帯電話がない時代の句として読めば、リアリティーがあるのかもしれませんね。ただ現代の句として読むとありえない光景なのでは?というのを感じます。
携帯電話の情報があればリアリティーがあったように思えます。
充電切れハチ公前の冬隣
現状維持、小さい村上名人ww
個人的に好きだったのは猫の描写ですね。いつも待ち合わせしている場所にいついて、顔馴染みな感じがあり、
猫に話しかけてるような想像力ができます。
季語をたてる語順ということで、現状維持でしたが、次回に期待です。
藤本名人
ハチ公前という場所において、特殊ではあるけどリアリティーが感じる句でした。
前半の語順によって第3者が観察している句だとわかりました。
昔の句で
新幹線待つ惜春のチェロケース
を思い出しましたが、今回はリアリティーがあるのが大きな差だなと感じました。
シュレッダーを見るとなぜかあんしんしてしまいますww
梅沢名人
ここ最近は東国原名人の掲載決定を見続けていたせいか、ボツだなとすぐにわかりました。
まず三段切れが気になりました。上五に「の」と助詞を入れるか、先生の添削のようにすればいいので、凡ミスとしかいいようがありません。
あとちょうど去年の今頃でしょうか?
ボツ句の夏井先生の添削された
手の染みも愛し紅葉の真珠婚
における「も愛し」を使い回したのもわかりました。
追い抜かれるのも時間の問題かもしれませんね。
最後に拙句を詠ませていただきます。
ルイーダの酒場夜長の孤独かな
先日亡くなられたドラコンクエストの音楽でも有名な、すぎやまこういちさんへの追悼句として詠ませていただきした。
ちょっと季語の使い方が強引な気がしました。
たとえとして適切かどうかわからないですか、
ワイン→ぶどう酒
のような感じが否めません。梅沢名人が仰ったように「紅白帽」で運動会とわかるのであれば、そちらを季語にしたほうが確実かなと思います。あとお母さんの目線だとわかる描写がほしかったかなと思います。
運動会ご褒美に焼くアップルパイ
2位、神谷さん
プレバトにおいて東大=鈴木光さんの印象が残ってるせいなのか、かなり勉強されてるのがわかります。
下五「香に」というのが金木犀の香りをより強調させてくれています。
個人的には「金木犀」を「木犀」にして「赦しけり」という詠嘆をいれるとより心情と季語の香りを強調できたのでは?と思います。
3位、薬丸裕英さん
類想感があるので、添削しても才能ありにいけたのかどうかが疑問です。
最下位、宮田さん
携帯電話がない時代の句として読めば、リアリティーがあるのかもしれませんね。ただ現代の句として読むとありえない光景なのでは?というのを感じます。
携帯電話の情報があればリアリティーがあったように思えます。
充電切れハチ公前の冬隣
現状維持、小さい村上名人ww
個人的に好きだったのは猫の描写ですね。いつも待ち合わせしている場所にいついて、顔馴染みな感じがあり、
猫に話しかけてるような想像力ができます。
季語をたてる語順ということで、現状維持でしたが、次回に期待です。
藤本名人
ハチ公前という場所において、特殊ではあるけどリアリティーが感じる句でした。
前半の語順によって第3者が観察している句だとわかりました。
昔の句で
新幹線待つ惜春のチェロケース
を思い出しましたが、今回はリアリティーがあるのが大きな差だなと感じました。
シュレッダーを見るとなぜかあんしんしてしまいますww
梅沢名人
ここ最近は東国原名人の掲載決定を見続けていたせいか、ボツだなとすぐにわかりました。
まず三段切れが気になりました。上五に「の」と助詞を入れるか、先生の添削のようにすればいいので、凡ミスとしかいいようがありません。
あとちょうど去年の今頃でしょうか?
ボツ句の夏井先生の添削された
手の染みも愛し紅葉の真珠婚
における「も愛し」を使い回したのもわかりました。
追い抜かれるのも時間の問題かもしれませんね。
最後に拙句を詠ませていただきます。
ルイーダの酒場夜長の孤独かな
先日亡くなられたドラコンクエストの音楽でも有名な、すぎやまこういちさんへの追悼句として詠ませていただきした。